ドイツでずっと暮らす

ドイツ移住の10年先、20年先を考える。



とある画家との出会い

私が住んでいる街にはなかなか有名な芸術大学があってそこの卒業生には超有名な億万長者がいっぱいいる。その大学出身の画家さんと出会う、というかナンパする?というかアトリエに押しかける?...という出来事があった。

先日散歩がてら近所をうろうろしていたら芸術家協会とそのアトリエという看板がかかった建物を見かけた。入り口のところに鯖柄の猫が居たので全力でモフモフしていたら、中から数人のアーティストらしき人々が出たり入ったりしていた。彼らはとてもフレンドリーなので私たちの存在に気がつくと手を振って挨拶をしてくれた。知り合いでもないけれど、こういったフレンドリーさはドイツ人の良いところでもある。ドイツ人はお互いの機嫌さえ良ければ停留所で鉢合わせた行き当たりばったりの一期一会な赤の他人でも小さなきっかけ次第では小話を咲かせることができる。ドイツで暮らしていて良いなと思う点はまさにこういう時である。

私の夫が建物から出てきたとある若者に声をかけた。「この建物はアート協会みたいな看板がかかっているけれどもここはどんな建物なのか興味がある」と。これはまぁよくある停留所の小話の話題の切り方である。相手に興味があることをダイレクトに伝えるのは一番重要で効果的なのだ。するとその若者は色々と説明をしてくれたらしいが私は猫に夢中だったので二人の会話はあんまり覚えていない。猫と遊んでいた私に夫が大きな声で「中を見せてくれるって!」と言ってきたのでその若者と私は握手と自己紹介を交わした。建物はボロボロなんだかこれがアートなんだかよくわらかない、といった佇まい。アーティストが集まればこうなるよ、といった良い見本のような建物だった。ギャラリーがあって音楽室があって...と色々と案内を聞いていると夫が若者に君は何をしているアーティストなの?と聞くと、僕は画家でここにアトリエがある。と返事を返してきた。するとすかさず夫はアトリエを見せて欲しい!と聞いてみる。もちろんそこはすごく丁寧なお願いのドイツ語を使って。ドイツ語というのはとても便利で、すごく丁寧な言い方というのがあってこういう時にはとても役にたつ。

彼のアトリエもよくあるアトリエだった。彼の作品が壁にいくつかかかっていて、新作はどこかのトリエンナーレに行くので梱包をする予定だと教えてくれた。もちろんその作品はメインの壁にかかっている。色々と会話を交わしたのだが、政治やこの街のことなのでここで特別書く必要もないような話題だ。

彼はこの街にある芸術大学で絵画を学び、今はそこで得たコネでいくつかギャラリーや展示会に作品を置いてもらったり買ってもらったりして生計を立てているという。しかし大学でアートを学んでしまったがために失ったものもかなりあるという。それはアートに対する自由な精神みたいなものだ。実際に彼の絵はスゴイな〜と一瞬思わせるような迫力はあるものの、それ以上の魅力を感じることが私はできなかった。なので彼とアートの話をすることができなかった。彼のアートに向けた言葉が湧いてこなかったのかもしれない。

アートに対する自由な精神、というのは呪いのようなものだ。彼のようにアーティストとして生計を立てるとなると、報酬とアートの関係は切っても切れなくなってしまう。その時点で一つの自由が失われてしまう。さらに大学で学ぶともなると誰かの評価や意見がひっついてくる。そして作り上げるという匠の領域にも手を出し始める。現代アートは職人技術があろうがなかろうが、そんなものはどうでも良い。陸上競技の選手が毎日体を鍛えあげて自己ベストを出すのと、画家が毎日一生懸命絵を描いたからといっていつの日か自己ベストならぬ傑作が誕生するわけでもない。なのに毎日一生懸命絵を描き続けることによって鍛錬されてくる技術と、それを必要としないアートを取り巻く環境というジレンマにかられる。

アートを作る人間は自由な精神を持つべきだ。というのは私の持論なので芸術大学で学ぶことを批判するつもりは毛頭ない。しかし、「なんのために?」「私は誰なの?」ということは大学では教えてくれない。

アーティストとはゴールのないマラソンを死ぬまで走り続けるようなものだ。それが有名になって歴史に名前が刻まれてしまったら、死んでも死に切ることができない。亡霊となって作品と一緒に永遠に生きるようなものだ。はたから見たらそれは栄光ある輝かしい人生かもしれないけれど、ゴールのないマラソンというのは想像を絶する苦しみと快楽がいつも背中合わせであるのだ。