ドイツでずっと暮らす

ドイツ移住の10年先、20年先を考える。



現代アートは難しくないことについて

日本ともゆかりのあるとても面白いドイツ人アーティストが居ます。先日訪れたライプチヒの美術館で彼の作品を観ることができて嬉しかったので、今日はアートをテーマに書いていきます。私自身が芸術家なのでアートの話になるとくどくなりがちですが、現代アートとは?どうやって鑑賞すればいいの?という疑問について、一人のドイツ人アーティストを通して紐解いていきたいと思います。

 

現代アートはとても簡単

 私は個人的に現代アートを観ることができる人はダウンタウンのごっつええ感じで笑うことができる人、という風に考えています。 現代アートはヘンテコでおかしいものが多いので、面白いって感じたら笑えば良いし、気持ち悪いって感じたらオェ〜って言っても良いのです。

私は個人的に現代アートは未来の人類の姿を投影していると考えます。

印象派の画家たちが様々なルールを破って自分らしさや自分という人間のアイデンティティーを作品に投じたのと同じように、現代アートは未来の人々の新しい価値観を映し出しています。

インターネットやスマホの普及で人々のライフスタイルは大きな変化の渦の中にいます。そしてどんどん時代は個人へと向かっていきます。そうなると、人々の価値観の違いにも大きな差ができます。今までの比ではないくらいに。 なので現代アートを理解できないというのは一つの意見でもありますが、それは"スマホを使いこなせない"というのと同じものだと私は個人的に思うのです。

 

  現代アートを紐解く

 現代アートを紐解いていくのには塩梅の良いドイツ人の有名アーティストが居ます。

名はジョナサン・ミース

日本語だとミースと表記されてますが、ドイツでは”メーゼ”と呼ばれています。彼は日本生まれで、2005年の横浜トリエンナーレにめちゃ爆笑な作品を出展してました。私はそこで初めてメーゼの作品と出会います。写真と映像のコラージュ、ペイントと日本のめかぶをあっちこっちに撒き散らした、なんとも言えない爆笑な作品。今でも鮮明にあの撒き散らされたメカブを覚えています。私もメカブが大好きです。そしてメーゼが横トリで現代アートを使って日本に殴り込んできた!という衝撃。

2008年の横浜トリエンナーレの批判はとても酷いものでした。ヨーロッパで主流の現代アートを一気に日本に持ち込んだはいいものの、当時の日本ではそれらを評価する知識と見解を持ち合わせていなかったのです。その3年前にはアートサーカスというテーマで、テーマパークのような作品が多く私自身もディズニーランドの延長みたいなノリで楽しんだのを覚えていただけに、2008年の横トリは暗くて意味不明で難しくてすぐに理解できるものではなかったのです。

 

 ライプチヒ美術館の魅力

 さてこのメーゼの作品がライプチヒ美術館に展示されています。

ドイツは美術館や芸術家をとても大切にします。しかし州によって経営状態が異なるので美術館を見ればその州の経済状態がわかるとも言えます。例えばフランクフルトの美術館は壮大で高額な作品がゴロゴロしてます。派手でセキュリティも厳しくカフェテリアや売店一つとっても規模が大きいです。それに比べてライプチヒは庶民的。建築が好きなひとには面白い箱ですが、中身の作品は素朴なものが多い印象です。イベントも庶民的で美術館の展示室の中に椅子を並べて誰かがアートについて喋ったり、音楽を聴いたりするイベントが毎週のように行われている様子でした。

 

このライプチヒの美術館にメーゼの作品が展示されています。

彼の得意とする写真やゴミを使ったコラージュとらくがき。そしてどう見たってゴミというかホコリの塊みたいなのを盗まれないようにちゃんと囲いをしてあるのです。

これがライプチヒ美術館の面白いところ。ゴミだけどアートという価値がついた、誰かがゴミに多額な金額として価値をつけた、という典型的な現代アートの象徴です。そしてそれらを尊重し美術品として展示する。美しさや優れた技法がアートの全てではない、ということをライプチヒ美術館で感じることができます。

 

 芸術家はドイツではゴシップの対象

メーゼはドイツではなかなか有名です。他にも億万長者の有名なアーティストはたくさん居ますがメーゼは色々とお茶の間を騒がせるとても面白い人間でもあります。

例えばドイツでは法律で禁止されているヒトラー式の挨拶、右手を斜め45度にビシっと挙げて、ハイル、ヒットラー!と叫ぶ敬礼みたいなのがあるのですが、これはヒトラー崇拝禁止、ナチス時代の悪しき過去として現在のドイツでは法律で禁止されています。その挨拶を、アートのパフォーマンスの一環として公衆の面前で披露し逮捕され裁判沙汰になりました。判決は130万円ほどの罰金を支払うという命令が下されましたが、ドイツのアート界ではまたメーゼが何かやらかしたぞ、という興味とゴシップで楽しませてくれました。

メーゼは数年間ドイツの美術大学で教鞭をとります。ドイツの美術大学の教授になる、ということはアーティストとしては大出世です。多額なお給料に名誉が保証されたようなもの。けれどメーゼは数年経ったあと辞めてしまいます。その理由は彼の作品を見れば感じることができます。

 

 最後に

アーティストとして生きるということは、社会との折り合いをつけるか、それとも社会不適合者として自分の道を進み続けるのか、という葛藤がつきものです。

しかしメーゼの作品を見るたびに、あなたはそのまま好きなように生きればよいのだよ、と語りかけてくれます。

横浜トリエンナーレで出会った時、私にとってメーゼは外国の遠いアーティストのように感じていました。けれどメーゼは普通にベルリンでフラフラ歩いているし、ドイツで暮らすようになってから芸術家と社会はしっかりと繋がっているんだと実感するようになりました。そういう意味では芸術家は社会不適合者ではありません。そして現代アートは生活のすぐそばにあるということをみんなに知ってもらいたいと思うのです。

アートは生活を豊かにしてくれる、とても素敵なものなのです。