ドイツでずっと暮らす

ドイツ移住の10年先、20年先を考える。



今まで数個のブログを書いてきました。主にベルリン移住の情報というか、私が経験した色々なことを記したブログたち。

生活基盤がしっかりドイツの生活に馴染み数年。落ち着いた生活を手に入れてから見えてくる世界や事柄がだんだんと変化していったのです。

そして大きなきっかけとなったのは、先日旅行先で出会ったペンションの主人でした。

 

私と夫は思いつきで自宅からとても遠く離れたドイツ北東の海、Ostseeへ旅行にでかけました。思いつきだったので宿泊先の予約も検索もせず、行き当たりばったたりで車を走らせました。ドイツの観光地ではPension(日本語だと民宿)がいたるところに必ずあります。道路脇に看板が出ていて、空室あり、なし、という表示が必ずされています。私たちが訪れた小さな港町にもたくさんPensionがありました。8割がたはイースター休暇で空室なしでしたが、それでもちょこちょこと空室あり、と表示されています。数件訪ねたり、看板に書いてある電話番号に電話したりしているうちに1件のPensionが私たちを快く受け入れてくれました。

 

主人の表情が硬いというか強かったのが印象に強く残っています。朝ごはんの時に食堂へ入って挨拶してもニコリともせず、なんだか不機嫌な表情をいつもしている感じを受けたのです。ドイツで接客業をしている人々、特に田舎の人々はとても人懐こくて優しくておしゃべりが大好き、という印象を抱いている私は少し居心地が悪いなと感じていました。しかし理由があったのです。

 

主人の表情が常に真顔で怖い理由

それは、近いうちに失明するということでした。

チェックアウトの時に、メガネをかけているにもかかわらず領収書の文字を読みにくそうにしていたり、すぐ手元にある会計用のお財布を見つけられなかったり。

そして省略的でしたが彼の人生を語ってくれたのです。

もうすぐ年金を迎えるということ。若い時に働いていたこと、色々と流れに流れて今のPensionを数年前に始めたこと、そして近々失明すること。

 

私はPensionを去ったあとに車の中で考えました。たとえ3泊4日の通りすがりの民宿の主人、ほぼ他人にしか過ぎないひとの人生がたくさんのことを私に考えさせたのです。

 

Pensionのご主人が失明したとしても、彼の人生が完全に奪われるわけではありません。ドイツは社会保障が手厚く、ドイツ人であればどんな障害者でもその人生を人間らしく人間の尊厳を保ちながら人生を最後まで送ることができます。そしてドイツの税金はそのために回収され使われていくのです。それでも失明するということは大きな恐怖です。しかし主人は、まぁそれが人生だからね。と受け入れている様子。

 

私たちは生まれてきた。そして、生きている。死ぬまで毎日何かをしながら、日々を過ごし、そして命が終わる日を迎える。

そういったサイクルの中で生きている、ということを改めて自覚しました。そして私は日本からドイツへ移住してきたけれど、これからもっともっと10年20年先の人生について考えるようになったのです。

 

海外移住という人生、その先に何があるのか

海外移住がたくさん知られるようになって、海外移住をする人が増えたのはいいけれど

短絡的な人生計画もとより、もっと深くいろんなことを考えて見つけて実践していかないと、人生はあっという間に終わってしまうのです。