ドイツでずっと暮らす

ドイツ移住の10年先、20年先を考える。



色々な国、そこに住む人、それらの違いを理解するには


人と人がお互いに理解しあうためには、何が必要なのだろうか?同じ環境で暮らしている家族でさえ時にわかりあうことができないこともあれば、国という大きな単位で分かり合えないことも珍しくは無い。その大きな根本には何があるのだろう?と考える機会がたくさんあった。

 

ドイツの選挙があった日にチェコに一泊し次の日にはオーストリアのウィーンに車を走らせた。チェコは本当に面白い国で行くたびに驚かせてくれる。

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ドイツの登山、あれこれ

8月のバカンスは友達を誘ってアルプス山脈の端っこに登山&キャンプ。しかもみっちり10日間。ドイツ人は1週間以上バカンスしないと気が済まない。理想は3週間なんだそう。今回は山友達と一緒だったので宿泊はキャンプ場と山小屋だけ。ここにアウトドアをしない人が加わるとペンションだのホテルだのっていう面倒いことがあるけれど、今回は日頃から野宿で鍛え上がっているメンバーだったので楽チン。

 

行き先はAllgäuというドイツではメジャーな登山エリア。登山だけじゃなくロードバイクや避暑地としても有名。

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バイエルンの3匹の犬

今年の休暇はバイエルン地方の山で10日ほど過ごしました。ドイツとオーストリアとスイスの国境はチロルを筆頭にヨーロッパアルプスとしてとても有名です。去年の2016年にはNebelhornの第3ゴンドラが開通しアルプス登山がもっと人々の身近になりました。ヨーロッパアルプスの地図を見ながら思うのは山が深くてとても素敵な地形をしている割にはところどころ小さな町があって車さえあれば登山口までのアクセスがとても簡単だということ。登山について詳しいことはまた後日まとめて記事にする予定です。

 

今日は今年の休暇で出会ったとても素敵な犬さんたちのエピソード

 

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最初に出会ったのは溺れるように泳ぐ、水泳依存の犬。犬種はジャックラッセルテリア。湖で泳いだり昼寝をして過ごすのが定番のドイツ的夏の過ごし方。私たちも何度も湖で泳ぎました。そのときにとある中年夫婦が連れていた犬が水泳が大好きで大好きで2時間くらいひたすらずっと湖の中で泳いでいるタフな犬だったのです。夫婦が犬と一緒に私たちの側へ現れたとき、すでに犬はクーンクーンという鳴き声で湖に入りたい!と強くアピールしていて、奥さんが犬のリードを離した瞬間に犬は湖へ勢いよくジャンプしました。水泳や水遊びが大好きな犬はそんなに珍しく無いので特に驚きもしなかったのですが、驚いたのはこの犬が泳ぎながら前足でうまい具合に水しぶきを弾きながら遊ぶことでした。水しぶきを前足で作るのがとても上手で、ときには大きなボールのように跳ね上がる水玉を口でガブっと噛み付いたりしながら一人で遊ぶ様子はとても可愛らしいものです。しかし犬は我を忘れてどんどん、どんどん湖の奥へ。あっちへ泳いだりこっちへ泳いだり。決して大きな湖ではないけれど、見ているこちらとしてはあの犬は大丈夫だろうか?と不安になるものです。その場に居合わせたすべての人々の視線が犬へと注目しているのを見ると 心配なのは私だけでは無い様子。あれは遊んでいるだけなのだろうか?それとも溺れていて戻れなくなってしまったのだろうか?と、皆不安げな表情で見守る中、犬は我知らずと泳ぎ回ります。そしてとある青年が犬を湖の真ん中に浮いていた板でできた5畳ほどの小島のようなところへ持ち上げます。板の島の上で見守っていた人々がわらわらと犬に集まり、犬を引きあげるためにちょっとした騒動に。しかし数秒も経たない間に犬はまた水の中へダイブ!そしてまた水しぶきを前足で作りながら泳ぎだしまた。その騒動に気がついた中年夫婦は板の島まで泳ぎ、うちの犬は本当に頭がおかしくて放っておいたら一生泳いでいるやつなので心配しないでくれと説明してくれたそうです。そのあとその夫婦は犬を連れ戻すために湖の中を泳ぐのですが、これがまた犬と人間の追いかけっこが湖の中で繰り広げられていてコメディショーさながら。やっとのこと捕まえた犬はリードに繋がれ一安心。かと思いきや、気が狂ったように湖へダイブしようとリードを引っ張ります。この出来事、こうやって書くとほんの数分のような出来事ですが、実に2時間くらいは経過していて夫婦もさすがにぐったり。彼らはあきらめてピクニックシートを片付けたり着替えをしようと身支度を始めますが、なんせ犬がやたらとリードを強く引っ張るので着替えている夫人がよろけたり、ピクニックシートをぐちゃぐちゃにしてしまったりして、とにかくコントにしか見えませんでした。なかなか大変ですね、と声をかけると夫人は「この犬は本当に変わっていて何度も脱走するし、湖に来ても永遠に泳いでいるから溺れてるって思われてみんなに助けてもらうのは日常茶飯事なのよ。」と言いました。あとから犬の年齢が気になってしまって年齢を聞いておけばよかったと後悔。きっと若い犬で年老いた頃にはそういうヤンチャなことから卒業したりするのかなぁと考えてみたり。

 

今回の旅行で面白い人間と何かハプニングがあったわけでもなく、なぜかずっとこういったキャラの強い犬と出会うことがいくつかありました。長くなってしまったので、他の面白い犬たちについてはまた次の機会に。

ドイツへ移住する人はそれぞれの理由があって日本からドイツへ渡るのだろうけれど、駐在さんや留学生の他にフリーランスや新しい生き方を模索する人にも最近はとても人気である。その理由はベルリンという独特な雰囲気と世界観を持つ街の特徴とも当てはまるであろう。しかしほとんどの人の根本的でかつ共通の移住理由、それは日本での生活が生き辛く感じることがあるからである。こればかりは個人差なのでそう感じないけど海外へ移住した人も中にはもちろんいるだろう。少なくとも私がドイツ移住組としてドイツで出会った人々の9割は日本で人生を全うするのに不安や不満を抱いていたり、満足していないという理由を持つ人だった。何度も言うが個人的な感想であり、私が出会った人という数少ない統計なのでそうじゃない人がいることは大前提である。

 

一番印象に残っているのは同世代の移住者、移住希望者が多いということだった。世代で言えば80年代生まれ。そして離婚を経験している人たちがとても多い。日本で一度結婚をして数年で離婚。その理由は本当に様々だが共通している点が一つ。結婚で幸せになれなかった、ということ。20代の頃に付き合っていた人とゴールインしたももの、仕事や生活を毎日こなしていく中で思ってた以上の達成感や自己満足を得ることができなかったという。そして海外旅行などで外国の文化に触れ、インターネットの普及で海外移住へのハードルが下がり、夫婦の価値観や人生観にズレが生じて離婚。色々な条件が重なった時、彼女彼らは「私はこのままで良いのだろうか?」と自問したときtお「いいえ、このままではきっと後で後悔する」という答えにたどり着いたという。それからは急展開で貯金残高の確認、退職届、離婚、移住、、、、となる。

 

ー私はこのままで良いのだろうか?ーという自問に対しどれくらいの人々が自分らしい答えを導くことができるのだろうか?この問いに正解がないのは一目瞭然だ。なぜなら自分の人生なのだから自分が正解だと思うものを選べばよいのである。しかし人生を生きるというのは酷なもので、個人の人生の中には両親の介護や夫の世話なども含まれているのである。ドイツで暮らしながら思うのは、親の面倒を子供が見るという方程式が人権というか一人の人間の人生を好きなように生きる、という権利の領域からはみ出ているのではないか?と私は常々思うのである。

 

人生を好きなように生きる。これができなければ何も始まらない。そして「好き」という自分の心の声に鈍感な人々が多く、何が好きなのかわからないという不感症丸出しの人も少なくないだろう。彼らが不感症になってしまった原因は様々だ。特に私のような世代の人々は立派に大学を卒業して就職して結婚、出産、マイホーム、孫、みたいな理想とされる人生のマニュアルみたいなのがインプットされているようである。誰かがそうしろ、と命令するわけでもなく。けれど実際に多くの私たち同世代の親たちは正社員、正規雇用じゃないとダメ、みたいな価値観を持つ人がとても多い。実際に安定した収入がないということは日本で暮らしていく上で弱者となる。それゆえに収入=幸福な人生、と思い込みがちだ。けれどそれに対して矛盾を感じ始める人がどんどん出てくる。お金があっても幸せにはなれないのは、今でこそ理解しようと思えば誰でも理解できるし、反論しようと思えばできる。結局のところ、自分自身がこれで良いのだという決定を下すことが何よりも大切なのである。私が言いたいのは、ーこれで良いのだという決定を自分自身で下すことーこれだけである。大切なことで2回書いた。

 

実際に自分で良いという判断を下しても、それについて回るものがとても多い。見栄とか人付き合いとか家族からの批判とか、社会保障を満足に受けることができないとか。社会保障に関しては日本という国はとても劣っている。このテーマは政治的になるのと私の管轄外なのでここでは割愛。自分が下した判断でついて回るもの、経歴や持ち物でその人の価値を測るということとも言える。東京のような大都市で育ったらそうでもないが、田舎や家族単位を異常に大切にする環境で育った人になら理解しやすいだろう。自分がどんな職業に就くか、誰と結婚するか、どこの大学出身かということで人間をランク付けする風潮が強く根付いてる。東大を出たから立派という価値観はさすがに若い人にはこういった価値観はもう無いだろうとは思う。しかし少子高齢の社会となっては若者は常にマイノリティーということを忘れないでほしい。いつまで経っても老害と呼ばれる老人たちの価値観が世間を支配しているようなもの。だからいつまで経っても正規雇用こそが全てのような価値観が蔓延しているのである。

 

海外移住希望者が目先の欲にかられて、色々なことを見落としがちなのが海外へ移住したらかっこいいからという見栄である。最近の移住ブログには見栄満載の意識高い系の勘違いブログが多くて吐き気もするがそういうことは日本でやってろ、といったところだ。 見栄で固めた人生も嘘で固めた人生も結局のところ、それらは全部他人の評価といういつでも風向きが変わるものに翻弄されながら生きなければなら無い。そんな人生、どこに実が成るのだろうか...

 

自分という人間と、その人生。だれかの評価は必ずしも必要ではない。評価というのはただのツールにしかすぎないのである。

 

 

 

とある画家との出会い

私が住んでいる街にはなかなか有名な芸術大学があってそこの卒業生には超有名な億万長者がいっぱいいる。その大学出身の画家さんと出会う、というかナンパする?というかアトリエに押しかける?...という出来事があった。

先日散歩がてら近所をうろうろしていたら芸術家協会とそのアトリエという看板がかかった建物を見かけた。入り口のところに鯖柄の猫が居たので全力でモフモフしていたら、中から数人のアーティストらしき人々が出たり入ったりしていた。彼らはとてもフレンドリーなので私たちの存在に気がつくと手を振って挨拶をしてくれた。知り合いでもないけれど、こういったフレンドリーさはドイツ人の良いところでもある。ドイツ人はお互いの機嫌さえ良ければ停留所で鉢合わせた行き当たりばったりの一期一会な赤の他人でも小さなきっかけ次第では小話を咲かせることができる。ドイツで暮らしていて良いなと思う点はまさにこういう時である。

私の夫が建物から出てきたとある若者に声をかけた。「この建物はアート協会みたいな看板がかかっているけれどもここはどんな建物なのか興味がある」と。これはまぁよくある停留所の小話の話題の切り方である。相手に興味があることをダイレクトに伝えるのは一番重要で効果的なのだ。するとその若者は色々と説明をしてくれたらしいが私は猫に夢中だったので二人の会話はあんまり覚えていない。猫と遊んでいた私に夫が大きな声で「中を見せてくれるって!」と言ってきたのでその若者と私は握手と自己紹介を交わした。建物はボロボロなんだかこれがアートなんだかよくわらかない、といった佇まい。アーティストが集まればこうなるよ、といった良い見本のような建物だった。ギャラリーがあって音楽室があって...と色々と案内を聞いていると夫が若者に君は何をしているアーティストなの?と聞くと、僕は画家でここにアトリエがある。と返事を返してきた。するとすかさず夫はアトリエを見せて欲しい!と聞いてみる。もちろんそこはすごく丁寧なお願いのドイツ語を使って。ドイツ語というのはとても便利で、すごく丁寧な言い方というのがあってこういう時にはとても役にたつ。

彼のアトリエもよくあるアトリエだった。彼の作品が壁にいくつかかかっていて、新作はどこかのトリエンナーレに行くので梱包をする予定だと教えてくれた。もちろんその作品はメインの壁にかかっている。色々と会話を交わしたのだが、政治やこの街のことなのでここで特別書く必要もないような話題だ。

彼はこの街にある芸術大学で絵画を学び、今はそこで得たコネでいくつかギャラリーや展示会に作品を置いてもらったり買ってもらったりして生計を立てているという。しかし大学でアートを学んでしまったがために失ったものもかなりあるという。それはアートに対する自由な精神みたいなものだ。実際に彼の絵はスゴイな〜と一瞬思わせるような迫力はあるものの、それ以上の魅力を感じることが私はできなかった。なので彼とアートの話をすることができなかった。彼のアートに向けた言葉が湧いてこなかったのかもしれない。

アートに対する自由な精神、というのは呪いのようなものだ。彼のようにアーティストとして生計を立てるとなると、報酬とアートの関係は切っても切れなくなってしまう。その時点で一つの自由が失われてしまう。さらに大学で学ぶともなると誰かの評価や意見がひっついてくる。そして作り上げるという匠の領域にも手を出し始める。現代アートは職人技術があろうがなかろうが、そんなものはどうでも良い。陸上競技の選手が毎日体を鍛えあげて自己ベストを出すのと、画家が毎日一生懸命絵を描いたからといっていつの日か自己ベストならぬ傑作が誕生するわけでもない。なのに毎日一生懸命絵を描き続けることによって鍛錬されてくる技術と、それを必要としないアートを取り巻く環境というジレンマにかられる。

アートを作る人間は自由な精神を持つべきだ。というのは私の持論なので芸術大学で学ぶことを批判するつもりは毛頭ない。しかし、「なんのために?」「私は誰なの?」ということは大学では教えてくれない。

アーティストとはゴールのないマラソンを死ぬまで走り続けるようなものだ。それが有名になって歴史に名前が刻まれてしまったら、死んでも死に切ることができない。亡霊となって作品と一緒に永遠に生きるようなものだ。はたから見たらそれは栄光ある輝かしい人生かもしれないけれど、ゴールのないマラソンというのは想像を絶する苦しみと快楽がいつも背中合わせであるのだ。

 

ベルリンの変化を感じるあれこれ

私はずっとベルリンで暮らしていたのですが訳あって今年になり他の小さな町に引っ越しました。引っ越しというのは面白いもので以前暮らしていた街と今の街を比べる、という心理が働くものです。

ベルリンではもうウン何年と暮らしていたのでたまにこの年数にビビります。そしてベルリンの変化の速度があまりにも速すぎて、こちらもビビります。つい最近まで空き地、廃墟だったのが半年もすればラグジュアリーな高級マンションが建っていてあっちこっちではショッピングモールが建ち並んでいます。私が移住したてのころはAlexanderplatzのALEXAというショッピングモールが唯一の巨大モールでした。今はビキニやらなんやらと本当に信じられ無い数のショッピングモールが建っているのに驚き、人々の服装が小綺麗になったのに驚き、飲み屋が連立していてガヤガヤして週末はシャブ中だのアル中だの娼婦だのとカオスだった通りはすっかりシーンと寝静まっているその様子は本当にここはベルリンなのか...と驚きを隠せません。そして何よりも私たちの自由の砦だったタハレスの建物にクレーン車が入り大きなユンボでタハレスの壁をぶち壊している姿は、まるで私の体と心を資本主義が容赦なく切り刻む痛みを覚えたものです。

 

タハレスだけでなくFreidrichshainのとある川辺には資本主義と戦う人々が作ったコミューンがありました。ドキュメンタリー映画にもなるほどで、たまに警察と衝突したり話題にあがることが良くあったのですが、彼らは今頃どうしているのでしょうか。こないだ前を通りかかった時は規模が縮小されたのかスクワットをする人々が減ったのか、人々の声や姿も見えずにただのゴミの山のようでもありました。こういうスクワットはベルリンのあちこちでよく見られました。空き地や廃墟に皆それぞれ勝手に集まり友達になり、気が付いたらどこかへ旅立って居なくなる、みたいな生き方をしている人たち。本当に好きなように生きる、ということの見本のような人々でした。彼らの生計がどのように成り立っているのかはブラックホールなみの不思議とも言えます。しかしそれも彼らの一つの魅力であり、その反面では資本主義社会の犠牲者とも言えます。ベルリンの壁が崩壊すると同時に資本主義が入ってきて、それをよく表しているストリートアートがちょうどこのスクワットの近くにあります。

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ベルリンには自由がありました。誰がなにをしていようと、シャブ中だろうがアル中だろうが、どんな生き方をしていようがそれを注意したり、干渉する人はほとんど居ませんでした。逆にオルタナティブで刺激的な人生を生きている人の方に魅力を感じる人々が集まっていたのかもしれません。そこには生きるという本質とはどういうことなのかということが詰まっていると私は思うのです。人間の自主性とは自分で気がつかないと何にも成らないので...今のベルリンの姿には時々失恋のような悲しみが湧き上がります。スマホゾンビにノマドな人たち。彼らのことを批判するわけではないけれど、彼らがネットで口々で言う、クールな生き方は生ぬくるて仕方がないのです。どこからか引っ張りだしてきたような言葉や表現にはリアルが全く反映されてなく、ファストファッションのようにクールでオルタナティブがプリントされているだけのような生き方。そんな人々がベルリンの街を変えていき、資本や物質で満たされる人々が我が物顔で自分達の税金で街が綺麗になったと言うのです。私たちは綺麗な街など望んでません。ただそこに、私が見つけた自分という生き方とそのための自由があるかどうかだけ。ベルリンが終わった、というのはもうそこには小さな自由がちりばめられていてそれらは誰かの自己啓示欲を飾るアクセサリーのような自由。それでもきっとわずかながらクリエイティブな影響もあってかベルリン自体はそうそう他のドイツの街のようになることはまず無いとは感じます。しかしそのクリエイティブの源泉が失われてしまったベルリンの街に期待することはもう無いかな、と個人的に思います。そんな中で私自身も自分の人生を街に依存し無いという意味では良い試練でもあるのです。

 

プラハの中心地で車が無くなるという事件

プラハへ車で日帰り旅行、そして車を警察にレッカーされるという出来事がありました。

 

寝起きの思いつきでプラハへ出発し、ドイツとチェコの国境を越えた瞬間に交通ルールとドライバーのメンタリティーが全然ちがうことに驚きます。ドイツならきっと怒るであろう小さな出来事もチェコならそれがコメディに感じられ笑うことができるのです。

 

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曲がってしまった標識。チェコには至る所に曲がったり、車両が突っ込んだ痕などがあるのも面白い。

私と夫はのんきにチェコ人って面白い運転のしかたするよねぇ、とか地形がドイツとはやっぱりちがうよねぇなんて言いながらプラハへ到着し市内の駐車場に車を止めて、駐車チケットをちゃんと買って、観光へでかけました。

真夏日、観光名所、人ごみ、ということで2時間もしないうちにギブアップ、どこか自然のある街に逃げようと駐車場へ戻ると、私たちの車がありません...車が、ない。ここに停めたはずなのに、他の車が止まっているではないか...大パニックを起こし目の前にあった大きな建物の中に飛び込み、誰か助けて〜と右往左往するも老人ばかりで英語もドイツ語も通じず、これじゃらちがあかないので道端に座り込んでアイスを食べていた若いカップルに話しかけると男性がドイツ人だったので警察に電話をした方が良いねと教えてくれました。警察に電話をしてみると私たちの車が見つかりました。警察は、理由はわからないけどあなたたちの車はどこどこの管轄で預かっているのでそこまで取りに来てくださいとのこと。理由はわからない!っておい、警察、ふざけてるのか?!と言い返したくなるのを我慢し、多分ただの電話番なのだろうと思い警察署へ向かうことに。

 

これが詐欺やただの嫌がらせの可能性もあるので警察へ向かう前にプラハのドイツ大使館へ連絡し事情を説明し、警察ではどのように態度を振舞えば良いのか、罰金やチェコの交通ルールはどうなっているのか、などなどを教えてもらいました。大使は第一声に、「残念としか言えないのですよ、たくさんのドイツ人が同じようなケースで車をレッカーされているので」と言い、市内での駐車ルールを教えてくれました。本来なら出かけてくる前に予備知識として頭に入れておくべきことなのだと大反省。スペインに住んでいる友達が似たような体験をスペインですることが多く、その理由は警察が自分のおこずかい欲しさに理由もなく違反切符を切ったりするという話を聞いたことがあったので、もしやチェコでも?!と思った私が夫に大使館へ連絡するように勧めたのです。

 

警察に到着すると私たちの車がまるで監獄に閉じ込められているかのように、鉄格子のフェンスの向こうに停まっていました。窓口に座っていたのは口の周りをチョコレートの染みがぐるっと囲っている太った男。罰金は2150csk、86€ほど。色々と手続きを終えた後にそのチョコレート男が言ったのは、「僕はただの窓口だからこんなことが言えるけれども、毎日のようにドイツ人の車がレッカーされて罰金を支払わされているし実際にドイツ人がお金持ちという偏見でむやみにレッカーする同僚を知っているし、僕はそのことについてとても心を痛めている...」私と夫は同時に愕然、言葉を失うしかありませんでした。

 

国境がないということは本当に素晴らしいことです。誰でも自由に行き来し商売したり、観光したり。けれどやはり国と国をまたぐとそこには別世界が広がっていて、貧富の差のヒエラルキー、差別、偏見、国の違いはなかなかその境界を超えることができないというのを身を以て体験しました。それは私たちがドイツに住んでいて東欧の国々からしてみれば経済的に豊かな国で、政治の腐敗も少なく警察も庶民の味方であるということだけでも十分に人の妬みをかう理由になりうるということも。警察が嫌がらせを庶民にする、というのはドイツでは考えられないことですが、実際にイタリア、スペイン、ギリシャでは腐敗した政治とその犬、と例えられるほどでそれらの国に住む人々は警察は庶民の敵、と口癖のように言います。私は日本で育ったので警察は庶民の味方で正義という思い込みがとても強いですが、ドイツ人の夫も私と同じように警察は悪い奴、庶民に嫌がらせをするというのはなかなか信じがたいのです。

 

結論からすれば、私たちが駐車したゾーンはチェコナンバー専用でそれ以外は問答無用で駐車禁止とのことで私たちが悪いので今回の罰金は授業料だと受け止めることにしました。しかし最後のチョコレート男の言葉が私たちをなんとなくモヤモヤさせるのです。

 

私と夫は旅行ひとつしてみても何だか奇妙な出来事が起こる星というのを持っていて、特に夫の方はその磁力がとても強く私と夫が二人で遠出しようならば、韓国では犬料理店で犬を締める場面に遭遇したり、ギリシャでは乗っていた市営バスが道に迷ってしまったり、ブルガリアでは携帯を4つ同時に操作する運転手が山道の崖をマニュアルで運転してリアルジェットコースター以上の恐怖を体験したり、とにかくまぁ数え切れないほどの不思議な出会いと体験が色々と待ち受けているのです。にもかかわらず、私と夫は出かけるのが大好きで、7月の頭からは10日間ほどヨーロッパツアーに出る計画を立てています。さて、次はどんなことが待ち受けていることやら...